子どもに変えなければなりません

幼児に厳しく接するお母さん?

「子ども同士の世界」教室で子どもたちと関わるのが日常ですから、毎日何かしらハプニングが起きてしまいます。レッスンの時間が来ても家は出たはずなのに教室へ着かないで何処へ行ったのかわからず探し回ったり、来る途中の車の中で眠ってしまい、起したら大泣きでレッスンが出来なかったり、レッスンの中で子ども同士のいさかいが生じたりで色々です。けれどもそれも結局、子どもの世界独特のことが多く、辿ると私も色んなことを学ぶ機会になっています。教室の隅っこに「死ね」という何年も前からの落書きがあります。私はこの落書きが消せないでいるのですが、これは教室の君が残していった落書きなのです。

赤ちゃんの写真彼が小学五年生の時、教室へ入って来るなり「クソーあいつ死ねばいい!」と口走りました。「一体何があったのー?」と聞くと、同じこの教室の仲間でいっもはお互いにちょっかいを出したりしながらそれでも仲良しのN君がいたのですが、そのN君が学校で悪ふざけが過ぎて担任の先生から黒板の前で皆の前に立たされ「N君から悪戯された人は手を挙げなさい」と言われたらしいのです。あいつというのはそのN君の担任の先生のことでした。確かにN君はガキ大将的なところのある子で誰かに寄って行ってはちょっかいを出すようなところがありました。そしてこの時、N君が立たされた事件の発端というのが君とのちょっとしたもめ事だったようで、N君の担任の先生はそのもめ事を過大に受け止め、N君のいつもの悪戯に話が広がっていったらしいのです。

  • 幼児には大きな不満を残します
  • しつけで脳を鍛えないと
  • 幼児がいても戸惑わなくてすむよう

教育に関心のなかった時代ではうまく役割を果たしたがこれほど

幼児としては自分を守る)3交流の潤滑油(コミュニケーションを円滑に)4生殖(恋愛·結婚·妊娠·出産·母性·父性)5集団づくりと維持(集団で仲間を守る)6共食いの防止(仲間を守る)じゅんかつゆ愛情は親や先生が教えるものですか?愛情は本能だと思われます。そのように言えるわけをお話ししましょう。生後七カ月の姪の赤ちゃんが、九十五歳の口がきけなくなった寝たきり老人と同居していました。その赤ちゃんは、だれも教えていないのに老人のベッドに一人でよじ登っていって、その老人に頬擦りをして--コッと笑うのです。そこで私は次のように自問自答をしました。

幼児の好奇心をさらに引き出し生きる力を「教えられてもいないのに、七カ月の赤ちゃんが、なぜそんな優しいことができるのだろう?実に不思議なことだ。そうだ、そのようなふるまいができるのは本能だからだ。愛情は本能だからこそ、親などに教えられなくても愛情行動ができるのだ。そう言えばこの子は、親にもらったベビーせんべいを周りの大人一人一人に微笑みかけては配っている。それも教えられていないのにやっている。これも愛情の行動だ。

幼児が少なくありません

頑張ってるんだねなんて言ってあげると、その時間はさらに短くなるでしょうそして、次第に癇癪を起す事自体が減ってきます。そうなったら、また、褒めてあげる事ができます。「昔は、自分の思い通りにならないと大声で泣いていたけど、今は、それが無くなって、お母さんとっても嬉しいな~」のような感じです。でも、そこまで行くと実はすでに子どもは自分の感情をコントロールできるようになってきている、という事なんです。癇癪の時間が減ることで褒めてもらい、黼の頻度が減ったことで褒めてもらう。

幼児がする事

幼児のリアクションは子どもがどうすればいいのかを親が褒めることで指し示すと、子どもは何が必要なのかを理解し、自分で田の気持ちをコントロールできるようなっていくのですそう。ぐずりも癇癪も、子どもが1つ成長する為には、とても重要なのですね「いかがでしょうか?多くの方が「いけない事」と考え、排除しようと思っている事が実はとても大事な事なんだ、無くてはならない事なんだ、とお分かり頂けたと思います他にも沢山あるのですが、あなたにかかってほしいのは「それは本当にいけない事なのか?」と常に考えてほしいという事なんですね。多くの事には2面性があります。例えそれが今、プラスにならないとしても必ずどこかでプラスになるという事も多いのです。それを考えた時、子どもを叱るべき事なのか、そうでないのか、じっくり考えてみる必要があるのですね。子育てに自信が持てない楽しく子育てをする為には、コツがある。それはとっても簡単なんだけど、なかなかできない理由もある。